2017年12月05日

成城COLTYの2階に、お気に入りの雑貨屋さんがある。
成城-2雑貨屋といっても特定のジャンルの雑貨ではなく、キッチン用品もあれば、子ども向けの玩具、お財布のような小物、さらには本まで置いている。
お店の売上&存続は、どんな商品を用意するか、そのセンスにかかっている!
成城に行った時は必ず足を運んでいるのだが、いつも何かしら「これ良いなぁ」と思うものがある。




今回は、こちらの本を買った!

book「教科書で出会った名詩100」
その名の通り、教科書で読んだことがあるような詩を集めたもの。
未だに意味が分からない作品もあったりするが、とにかく言葉の響きが美しい。
茨木のり子さんは「私が一番きれいだったとき」、「自分の感受性くらい」の2作品、金子みすゞさんは3作品。中原中也も「サーカス」、「汚れっちまった悲しみに...」、「一つのメルヘン」の3作品が載っている。僕の高校の教科書には「骨」が載っていたが、選ばれていなかった。
メロディも、五七調も持たない「詩」って、あまりに自由過ぎて、何を為て完成と思えるのか、難しいような気がする。
良い作品が載っている本を持ってるだけで気分が高揚する自分は、なんて単細胞なんだろうと思う

waits2 at 00:01コメント(0) 

2017年10月05日

2017年のノーベル文学賞は、日系イギリス人作家のイシグロ・カズオ氏(62)が受賞することとなった。
つまりは、またしてもM氏、受賞ならず。
うーん、もうないのかなぁ。

waits2 at 23:30コメント(0) 

2017年09月30日

ireland-09-30 18 53 00先週、代々木上原の本屋さんに行った時、この本も買った。
アイルランド関連の本を買ったのは久しぶりだ。
向田邦子さんの特集が載っていた「オール読物」と同様、たまたま視界に入ったので衝動買いをした。
駅前の小さな本屋は絶対量が少ない。
ならばこそ、積極的に衝動買いをして、経営を支えたいね

waits2 at 19:33コメント(0) 

2017年09月27日

『蜂蜜と遠雷』を読了。
楽しく読ませていただいた。
honey恩田陸さんの作品で初めて読んだのは「夜のピクニック」。映画化もされ、作品として面白かったかったが、今回は作家としての文章力、表現力が圧巻だった。
舞台はとあるピアノコンクール。
個性豊かなピアニストたちの演奏を、これでもかとばかりに言葉で描写しまくっている。
こういった作品、つまり音楽を扱った作品は、漫画だと結構ある。
漫画の場合、奏でられている音楽がどんな風に素晴らしいかは、演奏者や観客の様子を描くことで伝えられる。
しかし、小説の場合、絵がなく本当に言葉だけなので、観客の驚愕の表情を描写したところでどんな音かは伝えられない。
では、どうやって?
それは読んでのお楽しみ?
なんとなく、すぐにでも映画化できそうな作品に思えるが、いやいや、逆に実際に音が鳴らせる映画の方が、この小説の中の演奏の素晴らしさを伝えることはできないだろう。
読者の頭の中で鳴り響いている音は、音階やメロディではなく、著者が言葉で描画した景色なので、これを超える実際の音源や演奏を用意することは不可能だ。
恩田さん、言葉の魔術師として、その実力を思う存分見せつけてくれてはいるのだが....ええっとですね....正直なことを申しますと.....ちょっと、恥ずかしいのです
「恥ずかしい?何が」
はい、何というか、少女漫画っぽい恥ずかしさ、があるのです
「これは少女漫画なのだ」と思って読めば、あっという間にその世界に浸れるでしょう!
(やっぱ漫画なのか

waits2 at 23:49コメント(0) 

2017年09月25日

この前の土曜日に訪れた代々木上原の本屋さんで、「オール読物」を買った。
shrink-2特集が「向田邦子への憧憬」だったからだ。
本屋は出会いの場。
こっちとは関係のない秩序で本をアピールしてくれる。
ちょっと酔っていたせいもあるが、ブラッと入って速攻で勝った。
そうそう、今、朝ドラの「ひよっこ」に菅野美穂が川本世津子という女優役で出演しているが、これが向田邦子さんに良く似ているのだ。
以前から菅野美穂と似ているとは思っていたが、今回はNHKの演出家が意図的に似せようとしているんじゃないかと思うくらい似ている。
世津子という名前から、モデルは、原節子との噂もあるが、時代的にズレがあるし、岸惠子や八千草薫という説もあるが、我が家ではもっぱら"向田邦子モデル説"が幅を利かせている。
もっとも向田邦子さんは女優ではないが
shrink-1kanno

向田邦子さんが被っている帽子と良く似たものを先々週だかに菅野美穂が被っていた回があったのだが...
単にあの頃流行っていたからではなく、向田邦子さんが被っていたのと似ているものを用意したに違いない!と我が家ではもっぱら

waits2 at 00:06コメント(0) 

2017年08月27日

昨日は、本通りにあるこちらを訪れた。
IMG_05162016年10月14日、クライマックスシリーズ第3戦で黒田博樹投手がマツダスタジアムでの現役最後のマウンドに立った時のピッチャープレート。
そして、手形、さらに2016年11月15日、優勝パレードの後の優勝報告会において、マウンドに最後の別れを告げた時の黒田の写真もあった。

「こんな記念碑が建てられた黒田投手って、どんな風に凄かったの?」
「黒田言うたらの.....」
と、延々と語る人々のために建てられたものと言えるでしょう
あー、語りたい

それから、こちらを手に入れた!
IMG_0520IMG_0521

「何だ?」
はい、こちらは、Jazz JapanというJazz専門誌(月刊誌)です。
「何で買ったんだ?」
はい、表紙をご覧ください
大ちゃん属する"TRI4TH"のメンバーの皆さんでございます
左下に写っているのが大ちゃん!
もちろん、見開き4ページの特集記事もありました。
先日、発売されたことは知っていたのですが、東京で本屋に行く時間がなくて、「もしや?」と思い、廣文館を覗いたところ、ありました!
おそらく、最後の一冊だった思われます
なので、広島市内でご購入希望の方は、フタバ図書等、別の本屋さんを訪れてくださいね
ある意味、東京で買うより、広島で見つけた方がPrecisou感があるね
ちなみに撮影場所は、先日、大ちゃんがトリオライブをやった(自分も観に行った)吉祥寺のJazz Live House "Sometime"だったようです。
あそこの内装、ええ雰囲気じゃもんね。
それにしても、雑誌の表紙って、やっぱインパクトあるねぇ

waits2 at 00:41コメント(0) 

2017年05月25日

IMG_9905大江戸線って、深いんよね。
一昨日だったか、大学生くらいの男の子が、電車の中でスマホを覗いていた。
僕の方に背を向けて立っていたので、僕から画面が丸見えだった。
見るつもりはなかったのだが、チラッと見えた。
漫画のようなものが見えたと思ったら、スッと画面をフリップした。
すると、縦書きの文字だけの画面が見えた。
少し太い文字の小見出しのようなものが見えた
 「謙虚になる練習」
可愛いかった

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2017年04月14日

IMG_9463随分と時間がかかってしまったが、ようやく「騎士団長殺し」を読了。
楽しませてもらった。
村上春樹の作品は、おそらくほぼ全作読んでいると思うが(訳本は除く)、一番読み応えがあったのは『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』。何故か好きなのが『羊をめぐる冒険』。これらに次ぐ感じでお気に入りインしたかもしれない。
主人公が"絵描き"というのが良かったのかな(僕は、絵描きじゃないけれど
作家大先生に対して大変失礼だけど、ここにきて文章力が上達したように感じたのは僕だけだろうか?
春樹ワールドは秀逸だけど、基本、英文和訳したような日本語なので、あまり文章が"上手い"と言われることが少ない作家先生だが、なんとなく本人が描こうとしているイメージがかなり思い通りに描けてるんじゃないかと感じた。
物語の展開も、従来の"主人公任せ"から、"作者としての責任もしっかり負おうじゃないか"、という気配りが感じられた
その分、先がまったく読めない感は薄かったかもしれないが。
惜しむらくは、読後、もうちょっと後を引く感じの余韻が欲しかったかなぁ。
もしくは、大どんでん返しとか。
まるで、昨晩の9回表のカープの攻撃みたいな。

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2017年02月28日

IMG_8916ようやく買った。
『騎士団長殺し』
今すぐ読み始めたいが、やらなきゃいけないことが山のようにあるので、ちょっとお預けか...

それにしても「カルテット」面白いわ。
まともな奴が一人もいない

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2016年08月13日

『羊と鋼の森』を読了。
IMG_7400著者は宮下奈都さん。
読んだきっかけは、BS日テレの『久米書店』。
先週?先々週だったかな?に宮下さんがゲストで出ていた。
その週は店主(という設定)の久米宏がお休みで、店員(という設定)の壇蜜が一人で宮下さんをお迎えし、魅力を引き出していた。
正確な言葉は覚えてないが、『北海道の山奥で生まれ育った青年が、ピアノと出会い、調律師の道を歩み始める最初の一歩までを描いた作品』と紹介。
テレビ慣れしていない著者が一生懸命自著を説明したのだが、「こう説明するとちっとも面白くなさそうですね」と照れくさそうに話していたのに好感を抱いた。
で、読むと、説明通りの話だった
驚いたのは、色々あってピアノと出会う、あるいは調律師という職業を知る、のかなと思っていたら、始まってすぐに調律師への道を歩み始めるではないか。
「おいおい、最初の一歩もう済んだじゃん、ここから何を描くの?」と思いながら読んだのだが、ピアノと調律師、これらが極上のメタファーであることに気付かされる。
「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体...」これは、主人公が師と仰ぐ調律師に「目指す音」をたずねた時に答えてくれた言葉で、原民喜の文章の一節。「文体」を「音」に置き替えろと言うことだ。
きっと、著者が目指している文体だろう。
音と真っ正面から向き合う本ってなかなかないので、面白かった。
あ、今更ですが、「羊と鋼の森」とはピアノです

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2016年07月30日

昨晩のカープの結果
IMG_1575一体何があったん!?
19失点?
先発、野村じゃろ?
うーむ。
三方ヶ原の戦いに敗れた後、戒めのため苦虫をかみつぶした自らの肖像画を描かせた家康にならい、昨晩の惨めな結果をここにアップする。

昨晩はまったく途中経過を見なかった。
とある友人とコーヒー一杯で3時間話し込んだ。
お酒じゃなく、コーヒーでよ
あまりに話しが面白くて、アプリを起動するどころか、3時間スマホを手にしなかった。
その方は、作家志望の方。
密かに作家を目指している方はたくさんいるだろうが、「作家志望」を公言し、30歳半ばを過ぎて頑張っている方と知り合ったのは初めて。
芸術、文芸が好きな方はたくさんいるけど、自ら創作し続けている人はそうはいない。
僕もソングライターの端くれ、クリエイター同士の話で、大いに盛り上がった。
毎日書き続けているという彼、応援したいねぇ。

彼も応援するけど、カープもしっかり応援せんと!
ちょっと目を離したら、こんな負けてから
今夜は必勝


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2016年06月07日

「火花」を読んだ
IMG_7036今更?って感じだが、楽しく読ませてもらった
これを書いたのが、あの又吉だから面白かったのか、それとも、全然知らない人が書いていて、このセンスをズドンと見せられたなら、もっと「面白い!」と感じたのか...分からない。
なるほど、読書家というだけあって、文章を書くということへの敬意のようなものが感じられた。
ただ、本作は、芸人、漫才師の世界なので、彼ならいくらでも、何ページでも書けるだろう。
なので、作家としての力量が測れるのは、次の作品なんだろうね。
別の世界をこのくらい面白く描けたなら、そりゃもう「先生」と言うことになるんだろう。
又吉といえば、今度のワンマンにゲスト出演してくれる又吉くん
今週の金曜日マン2で歌うみたい。
見に行こうかなぁ。

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2015年12月12日

IMG_5332この週末は曲作り。
先月の「ガーゴイル」は、本当に難産だった。
メロは簡単に出来たけど、歌詞が決まらず、悩みまくった。
原因の一つに、我が家のどこかにあるはずの「おんなのことば」が見つからなかったことがある。
これを読むと、心がすっと集中し、と同時に、解放もしてくれる。
読むというより、映像を見るような印象。
我が家のどこかにあるはずなのに、どこをどう探しても見つからなかったので、昨日、新たに買った
ピンチの時は、助けてもらおうて。

羽生くん、ショートでまたしても世界新を出したね。
フリーも期待してしまう。
彼はアスリートとしても凄いけど、もうチャンピンとして立派。
NHK杯の時のコメント:
「誰かが悪い演技をしたときに勝つのは、スゴイ嫌なんですよ」
どうかいの言うくらい立派。
フィギュアって不思議な競技よね。
そもそもショートとフリー、2回やる意味あるのか?という気がするのだが、このシステムが逆転劇を生んだり、ソチの真央ちゃんみたく、結果負けても、大感動を見せてくれたりする。
一発勝負も潔いが、セカンドチャンスがあると、ドラマが生まれる。
スキージャンプもそう。
スピードスケートもそう。
これって、多分に西洋的発想な気がする。
単に勝敗をつけるのではなく、ドラマを生み易くして、エンターテインメントになるようにする。
そういうルール作りが上手い。
日本だと、公正さを最重要視するんだろうけど、向こうは「存続性」を念頭に入れているような。
良い悪いじゃなく、そもそもの発想が違うような気がする。

おっと、そんなことより、篭るかの。

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2014年06月03日

タイトルの通り、先週末は、大忙しだった。といっても、遊びでなんだけど
さて、突然ですが、ここで、「一枚の写真〜」(久米宏の声でお読みください):
IMG_3330この写真を見てすぐに分かったあなたは、かなりの文学通!
Who is she?
はい、この方こそ、僕が大好きな詩人、茨木のり子さんです。
我が家にある「おんなのことば」には、いつも大変お世話になっております。
「お世話になっている?」
はい、とても。
自分が曲を作る時、心のチューニングがとても肝心なのですが、その最も簡単で効果的な方法は、茨木さんの詩集を読むという行為なのです。
本来、心のチューニングは日頃からきちんとしておくべきものなのですが、怠惰な日常を送っていると、詩作モードへの扉がどこにあるのか分からなくなってしまったりするのです。そんな時、彼女の詩集を読むと、四方をめぐっていた壁がバタンと倒れ、一気に視界が広がるのです。
おっと、その前に、どうしていきなり彼女の話を始めたかと言うと、世田谷文学館で開催されている「茨木のり子展」を見に行ったからです。
世田谷文学館を訪れたのは、2007年の向田邦子展以来かな。
ちなみに、この写真を撮影したのは、谷川俊太郎さんで、この時彼女がかけているメガネも展示されていました。
展示会の紹介文的な文章も谷川さんが書いていらして、当たり前だけど、とってもお上手
IMG_3331今回の展示で初めて知ったことがいくつかあった。
まず、茨木の読み方だが、「いばらき」ではなく「いばらぎ」と濁ること。
これは、茨木さん本人から聞いたので間違いない。
「本人から?」
はい茨木さん本人が自らの詩を朗読したCDが聴けるコーナーがあったので拝聴したところ、間違いなく「いばら『ぎ』のりこ」と言っていた
そして、そのCDを聴いて感じたのは、大阪出身というだけあって、なるほど、ほのかな関西弁のイントネーションが感じられた。
そして、東伏見という、我が家から結構近いところに住んでいらしたということも初めて知った。
また、吉祥寺にあるレストラン「ル・ボン・ヴィボン(Le Bon Vivant)」をよく訪れていたということもだったら、もっとひいきにしたいところだが、貧乏人にはそう頻繁には行けない
手書きの原稿や手紙、愛用の小物や椅子といった展示物の周りを囲んだ仕切りや壁に、「自分の感受性くらい」等の彼女の珠玉の詩が書かれ、まるで彼女に見守られているような、あるいはちょっとしたお説教を受けているような、不思議な感覚が味わえた。
実は、彼女の写真を見るのは初めてで、「へー、こういう風貌の方だったのか」と少し意外な印象もあったが、じっと見ていると、「あー、でも、やっぱりこの方、茨木さんだわ」と納得もした。厳しそうなとこ、優しそうなとこ、芯の強そうなとこ、彼女の詩から感じていた彼女らしさが、写真の中の彼女の表情からしっかりと感じられた。
あらためて、詩人って「覚悟」なんだなぁ、と思った。
そう、詩人を詩人たらしめるのは、作品ではなく、覚悟。
なので、僕も彼女の作品で簡易的に心のチューニングをさせてもらっているようではダメ日頃から詩人の顔にならんといけんぞ!と反省したのでした

そんな土曜日を過ごして、翌日の日曜日は夕方の大ちゃんのライブまでゆっくり過そうと思っていたら、義理の姪っ子(高校生)の剣道の引退試合観戦のお誘いメールが22時過ぎに飛び込んできた。
そこから一気に大忙し
IMG_3325翌朝、午前10時過ぎに高田馬場に到着し、試合会場で妻の妹家族と合流。
個人戦は午後からだということでお昼を食べ、いざ2階の観覧席の最前列に陣取り、試合会場を見下ろしていたのだが、どこでどの試合が行われるのかが分からない
実は、昨年、一昨年と武道館に応援に行ったことがあるのだが、あそこは試合場が14コートくらいあったので、見つけるのが大変だったが、今回は6つしかないので、『見逃すことはないだろう』と、たかをくくっていたのが失敗だった。
12時45分から第5試合場で始まるはずの試合がなかなか始まらない。選手が集合しないからではなく、同じ試合場の前の試合(小学生の団体戦)が長引いているからだ。
なので、仕方なく、漠然と試合会場を見下ろしていたのだが、30分過ぎても、1時間過ぎても始まらない。『....おかしい』
一応、プログラムには、各対戦と試合場が明記されているのだが、各試合場の進捗状況によって、何の前触れもなく、別の試合場に変更することが、"稀"ではなく、"頻繁"にあるということを忘れていたいや、忘れてはいなかったのだが、この会場なら見落とすことはないだろうと気が緩んでいたのだ...。気が付いた時には、姪っ子の試合は終わっていた
どうやって気付いたかというと、会場の左隅にトーナメントの表が貼り出されていて(遠目では何の表かも分からない)、それをビデオカメラで目一杯ズームアップしたところ、そこに彼女の名前があり、勝ち進んだ者を示す赤いラインが描かれていなかったのだ
がーーーーん残念にもほどがあるというか、情けないったらありゃしない....
高校生最後の個人戦だったのに....しかも妻は初観戦だったのに....もちろん母親である妻の妹もガックリ&しょんぼり
もしかして初戦敗退の原因は自分たち大人にあるのではないか...
もしかして試合中姪っ子は、『どこを見てるの!?私はここよ!』そう思いながら戦っていたのかもしれない...申し訳ない....
自分たちの不甲斐なさを嘆きながら高田馬場まで歩き、そこで解散

さて、次は大ちゃんのライブだが、まだ開演まで4時間以上ある。
一旦家に帰れなくもないが、そうすると、また出てくるのが面倒になるので、映画を観ることにした。
ということで、急遽観たのがこちら:
IMG_3335邦題:チョコレートドーナツ
原題:ANY DAY NOW
舞台は1979年のカリフォルニア。
薬物依存症の母親に疎まれるダウン症の少年と彼に惜しみない愛情を注いだ二人のゲイの物語。
公開から一ヶ月以上経っているというのに、超満員だった。さすがは映画の日。
実話に基づいた物語と思っていたので、大きく心を揺さぶられたが、プログラムを読むと、どうやらモデルとなる人物は実在しているものの、実際にあったお話しというわけではないようだ。
ふ〜む、実話なら文句のつけようはないが、そうでないとなると、「あそこはあんな風にしなくてもよくないか?」と注文をつけたくなるところがいくつか浮かんだ
あ、そうそう、ストーリーとは関係ないところで大きな不満が一つ。
それは邦題の「チョコレートドーナツ」。
まったく意味がない!
原題の"ANY DAY NOW"のままで良かろう
言うまでもなく、この言葉はボブ・ディランの"I'll Shall be released"のサビに出て来るフレーズ。
映画の中でもこの曲は歌われるのだが、あらためてこの楽曲の素晴らしさに敬服した。
自分も好きな歌なのでカバーしたことがあるし、歌詞の内容もある程度理解していたつもりだが、あらためてディランの歌詞の奥深さというか、聴く人によって、聴かれるシチュエーションによって、さまざまな響き方が出来るようにしてある配慮の深さに感服した。

さて、いよいよ、大ちゃんのライブ
IMG_3327生身の人間が、その肉体を賭して、瞬間、瞬間を惜しみなくスパークするライブ
会場は、銀座線外苑前の出口を出てすぐの"Z・imagine"
大ちゃんのピアノトリオのライブを観に何度か訪れたことはあるが、今回はバンドではなく大ちゃん一人のソロライブ
これまで九州(福岡かな?)でソロライブを開催したことはあるものの、意外にも都内では初という。
なので、当然、気合いが入っていたのでしょう1st setは、かなり緊張感が漂うステージだった。
九州でやったというソロライブは、どの曲を演奏するか事前にまったく決めないで、その場その場で曲を選びながら演奏したという。その場の空気を読みながら、作りながらなので、間違いなく楽しめるライブだっただろう。
しかし、今回は都内での初ソロライブ!しかも誰かに頼まれてではなく、自ら「やってみよう!」と企画しただけに、『その場の雰囲気に応じて』というのではなく、これまで自分が影響を受けてきた各ジャンルから代表的?印象的?な曲を選び、自らのピアノバイオグラフィを紹介するような構成を用意してくれていた。
3歳からピアノを弾いていたという大ちゃん。当然、大好きなジャズから始めた!なわけないクラシックだ。
今回、満を持して披露してくれたクラシック曲は、ショパンの"ノクターン"だった。
実を言うと、大ちゃんがクラシックを演奏するのを聴くのは初めてだったので、ワクワクだった。
目の錯覚か!?燕尾服を着た大ちゃんが見えました
で、ここで気付いたことがあった。
これまで僕は大ちゃんがどんな曲を弾いてもどこかしらクラシックを感じていたのだが、いざクラシックを弾くと逆にジャズが感じられたのだ。
なるほど、大ちゃんがミシェル・ペトルチアーニが好きな理由がよーく分かった気がした。
クラシック、洋楽ポップス、こういったものが大ちゃんの音楽ヒストリーに大きな影響を与えてきたのは知っていたが、この他にも、僕がまったく知らない一大音楽要素を持っていることを明らかにしてくれた。
それは、ゲーム音楽
たしかに、これはソロライブじゃないと演奏できんわなぁ
にしても、大ちゃんの音楽キャリアにおいてゲーム音楽がそれほど大きな存在だったとは僕は知らなかった
といっても、「愛して止まない!」というほどではないのだけれど、「ゲーム音楽といって馬鹿にすることなかれ!こんなに美しい、カッコイイ、面白い要素があるんですぞ!」と言う感覚なのではないかと。
つまりは、ジャンルに偏見がないということだろう。そもそも、ジャンルって便宜的なものでしかないわけだし。
そう考えると、どんなジャンルも飲み込んでしまうジャズに行き着いたというのは、至極自然な流れと言えるね。
それにしても、このピアノバイオグラフィ(これまでの音を否定するのではなく、すべてが自らの血となり肉となっている要素として自覚している証拠)をこのソロライブで披露しよう!と思い付いたことが、ナイスじゃね
初のソロライブという意味合いが強く感じられ、『これからよろしくお願いします!』と言う、名刺をいただいたような気分になった
初回なのに、いや、初回だからこそかな、ここから先への意識がしっかりと感じられるセットリストだったかと。
ちなみに、1st set最後の"Take the A train"の左手は、見事じゃったね
IMG_4423そして、2nd setの一発目は、作りたての、まだ、楽譜にもしていないという、出来立てホヤホヤの新曲だった
ついさっきまで自らのルーツを探る旅をしてきたのに、いきなり"超今"そのギャップを、本人も楽しんでいたに違いない。
「まだ完成ではないので、これから変わる可能性があります」と話していたが、あのピアノを聴いただけで、僕の頭の中では、トリオの時には鳴っているであろうドラムとベースの音が完全に聴こえていたきっと、僕だけではないはず
今回、一番大ちゃんらしく、自然に弾けたのは、アンコールの"Casa Familia"(オリジナル)だったと僕は感じた。自らのルーツを紹介するところから始まり、最後の最後、"今の自分"というものが表現された形になったような気がする。
初のソロライブ、もしかして誰かゲストが出るかな?とも思ったりしたが、最初から最後まで完全に独りでやりきった。いやーお見事
個人的に色んなことがあった長〜い一日を締めてくれました
お疲れ!大ちゃん、楽しい夜をありがとう!そして、 6.13よろしくお願いします!!

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2014年01月11日

昨年末の広島凱旋ライブで帰省した時、広島駅の本屋でこちらを見付け、思わず購入した。
IMG_2724「重松清 赤ヘル1975」
言うまでもなくタイトルは「赤ヘル1975」
「赤ヘル」だと読者が絞られてしまうので、著者名の「重松清」を目立たせている
重松清といえば、テレビドラマにもなった「とんび」とかで有名だが、たしか岡山出身で、年齢は自分より一つ上と、県も世代も近いだけに、泣き所、笑い所が非常に近い。
岡山出身だけど、「とんび」の舞台は広島だったし、今回はさらに広島のど真ん中「カープ」で攻めてきた。
1975年、カープ初優勝のこの年、僕は小学校5年生だったので、重松氏は6年生だったはずだが、本書の登場人物たちは中学1年生。
本書は、カープ初優勝への軌跡を描いたドキュメントではなく、あくまで小説。しかし、きっちりと当時の広島の興奮を描いてくれている。
ルーツ監督、キックの宮、「そうそう、そんなことあったなぁ」と懐かしく思わせてくれるエピソードも盛り沢山。
街並の描写も本物を知っているだけに、超具体的に頭に浮かぶ。宇品港の近くのシーンなど、匂いまでしてくる
当たり前だが、広島弁は100%分かるが、方言って、文字だけだと一瞬、意味が分からなかったりするんよね。頭の中でイントネーションを付けて読み直したりするので、効率が悪かったりもする。『おいおい、これって、注釈付けないと広島県人以外分からんのじゃないん?!』と心配しながら、すべて理解できる自分が妙な優越感を抱いているのがおかしかったりする
ドキュメントではないのだが、カープの軌跡に関しては作り事はない。また、物語は子どもらとその家族のドラマなのだが、彼らを媒体に思いっきり「広島」を伝えている。
IMG_2726広島と言えば、原爆、カープ、宮島、お好み焼き、牡蠣、もみじまんじゅう等々、色々あるが(色々あると言いながら、メジャーどころはこれがすべてだろうが)、本書はこういったメジャーなアイテムと超マイナーな知識を交えながら、広島人のメンタリティーを見事に描いている。
お好み焼きや牡蠣を深く描くことはないが、原爆については、とてもきちんと描いている
原爆を描いていると言っても、人類にとっての原爆ではなく、広島人の中にどのように原爆が存在しているのかを描いている。
先に述べたように、重松氏は広島人ではなく岡山県出身だ。お隣の県ということで言葉も似ているし、文化的にも似ているところが多かったりするのかもしれないが、かといって岡山県人がカープファンとは限らない。いや、どちらかというと、「広島なんか応援するかい、阪神!阪神!」という方の方が多いんじゃないかと。実際、重松氏がカープファンかどうかは知らない。
ただ、カープのこともそうだが、原爆のことも、ある意味、広島人には描けない別のアングルが感じられ、ちょうど良い温度で「広島」を描いてくれていると思う。
Over 45の広島県人は「そうそう」と懐かしみながら、他府県人の方々は、旅行ガイドブックでは分からない「広島スピリット」を理解することができる一冊かと。

と、書いたけど、友人から「初優勝は六年の時じゃなかったっけ?」との指摘!
計算してみると、確かにそうだわ
と言うことは、重松氏は中一だったことになる。つまり、登場人物たちと同学年!
失礼いたしました^ ^


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2013年07月08日

IMG_1338「想像ラジオ」
著者:いとうせいこう
を読んだ。

読後、いや、読んでいる最中から強く感じていた事、それは「いとうせいこうという人は、とてつもなく優しい人!」ということ。
そして、これは大変失礼な言い方になるが、
「見直した!」
「いとうせいこう」と言えば、「うんちく王決定戦」のMCのイメージしかなかっただけに、「見直した!」という感想も仕方がないとお許しください
しかしながら、あの軽妙なMC振りは、本書のDJ振りとしっかり重なっていた!
今は、あの軽妙なMCに対してのみでなく、人として、超尊敬
本当によく書いたなぁと思う。
並の人間ではとても立ち向かえない巨大なテーマと、長い期間、正面から向き合っていたからこそ書けたのだと思う。
IMG_1339発想、設定も素晴らしいけれど、何よりこれを書くことを決心した勇気と人としての責任感こそが、最も評価されるべきところだと思う。
おそらく執筆中は、究極の熟慮と配慮を要するだけに、ずっと眉間に皺をよせていたのではないかと心配してしまうが、逆に、真正面から向き合い続けられていたので、内側は求道者的なピュアな心理状態だったのかも?と思ったり。
上梓後、「もっと強い電波を発することができたのでは!?」と自己反省するところもあったかもしれないが、
『大丈夫です』
『聞こえる人には届いていますよ!』
と伝えたい
個人的に、広島、下北沢、吉祥寺、"Redemption Song"といった自分と縁の深いキーワードが多く出てくるので、Tune inしやすかったのかもしれない。
本書を書き上げることが、著者のため、いやすべての日本人のための贖罪だったのではないかと思う。
"Redemption Song"、久しぶりに後で歌ってみよう。

本書が出版されるまで、やはり2年という歳月は必要だったと思う。著者にも、読者にも。
2年とは、東日本大震災から。

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2013年07月01日

IMG_1304邦題:「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」
原題:MARKETING LESSONS FROM THE GRATEFUL DEAD
著者:David Meerman Scott & Brian Halligan

ちょっと前にこの本が話題になった時、図書館から借りて読んだんだけど、つまみ読み状態で返却したので、思い切って購入

「グレイトフル・デッドって何?」
グレイトフル・デッドとは、1960年代にサンフランシスコで生まれたバンド。これといったヒット曲はないし、有名なスターもいないんだけど、アメリカでは大人気のバンド。1995年ジェリー・ガルシアの死去と共に「グレイトフル・デッド」というバンド名は引退。

「バンド?バンドってロックバンド?ロックバンドにマーケティングを学ぶのか?」
「もしドラ」(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)が頭を過った方もいるかもしれないが、本書は小説でもマンガでもなく、歴としたビジネス書。

「どうした?マーケティングを学んで、何か商売でも始めるつもりなのか?」
いえいえ、そんなつもりはありません。
ただ、僕はこれまで音楽活動において、パフォーマンスを向上させるための努力以外、何もしてこなかったので....

「それ以外に何か必要なことがあるのか?」
いえいえ、もちろん、毎回のライブで良い演奏をすることが最も肝心なことなんだけど、それ以外に、自分を知ってもらうための努力をまったくしてこなかったので...何かしら自分らしいアプローチはないかなと思っていた時にこの本の存在を知って、思わず手が伸びたというわけです。

「で、何か勉強になったのか?」
通常、メジャーレーベルに所属しているアーティストは、レコードの売上を主たる収益としているので、レコードセールスのための営業活動としてコンサートを行うというバンドがほとんどだが、グレイトフル・デッドは、ライブコンサートの収益をメインとしていたので、発想自体が一般のバンドと根本的に異なっていたようだ。
ファンを増やすために、彼らがとった最もユニークな方法、それは:

「ライブ録音の解放」

IMG_1305洋の東西を問わず、通常、コンサート会場での録音は禁止されている。
しかし、グレイトフル・デッドは、ファンに録音を許可しただけでなく、より良質な音で録音できるよう、録音機材を設置するための「テーパーセクション」という専用エリアまで用意していたというのだから驚きだ。
さすがに、録音した音源の販売は禁止していたようだが、ファン同士が録音テープをダビングして交換し合うことはまったく自由だったので、ファン同士の強大なネットワークが構築された。
今ならSNSを使えば簡単に横のつながりができるが、今から何十年も前にグレイトフル・デッドのファンは、自然発生的に強力なコミュニティを構築していたのだ。
録音を解放・奨励することで、より多くの人が彼らの音楽を耳にし、その結果、ファンの数はどんどん増えていった。
テレビやラジオといったマスメディアに依存することなく、口コミで
熱狂的なファンこそが、最も頼りになる広告塔であることを彼らは知っていたというわけだ

彼らのライブ音源が人気を集めたのには理由がある。
彼らはステージ毎にセットリストが異なる上、演奏もアドリブ的要素が多かったので、大失敗することもあれば、世紀の名演が生まれる可能性が常にあった。
これぞライブバンド!
そりゃ見逃せないよね。
"名演"と言われるテープが次々とダビングされ、ファンはどんどん増えていった。

その他、ツアー情報をいち早くファンに知らせるために1970年代初頭に会報を始め、最も良い席を最も熱心なファンに提供できるよう、チケット販売事務所を自前で設立した。
一般的なコンサートは、用意したパフォーマンスを観客に一方的に押し付けるだけだが、グレイトフル・デッドは、コンサートを聴きにくるファン自身もライブ体験の重要な一部であり、「ハプニング」であり「目的地」であると捉えていた。
ファンを対等なパートナーとして扱い、ファンのコミュニティこそが「グレイトフル・デッド体験」と考えていたようだ。
思うに、全てのライブがウッドストックのような雰囲気だったのではなかろうか。
この独特な価値観をファンと共有できたのは、根底にヒッピー文化があったからだろう。

彼らの活動スタイルが絶対的な正解、究極の理想というわけではないだろうが、発想の転換という意味では、非常に学ぶところがある。
前述したように本書はビジネス書なので、こういったグレイトフル・デッドの目からうろこの成功例を挙げながら、読者に発想の転換を促している。

印象的な章タイトルをいくつか:
・ありのままの自分でいよう
・「実験」を繰り返す
・変わり者でいいじゃないか
・中間業者を排除しよう
・コンテンツを無料で提供しよう
・ブランドの管理をゆるくしよう
・社会に恩返しをしよう
・自分が本当に好きなことをやろう

いわゆる業界的な発想と逆なのが良いよね。

この本の影響を受けて、僕は先日のワンマンライブでアンケートに回答してくださったお客様全員に、前回のライブの音源(3曲入りCD3枚)を無償で提供するという企画を考えた。
無償といっても、次回ライブに来ていただいた時にお渡しするというものなので、特典という位置づけかね。
来ていただく回数を増やすために3枚用意!というのは確かに太っ腹かもしれないが、それを準備するのはえらい大変だった(^^
でも、来てくださるのなら、全然平気!!

今後、ライブ音源は、プロモーションツールとして活用していくべきなのかなと思い始めている。
また、YouTubeも積極的に活用していこうかなと。
そして、最終的に

「生歌を聴きたい!!」

そう思われる、歌うたいになりたいね
前回のワンマンライブ、お陰様でかなりの高評価をいただきましたが、自分としては正直「まだまだ」と感じている。
つまり、全然"伸び代"があるということ
まだまだ成長しまっせ!(^^

さて、7月に入りました。
これから始まる下半期、滅茶苦茶楽しみじゃわ。

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2013年05月18日

IMG_2916「カルテット! 人生のオペラハウス」を鑑た。
監督は、名優ダスティン・ホフマン
これが監督デビュー作だ!
しかーし、
うーーーーん、
正直に言いませう....
残念。
はい、大変残念な作品となっていました

皆さんは、ヴェルディをご存知だろうか?
サッカーチームではなくて「リゴレット」、「椿姫」、「アイーダ」といった名作を世に残したイタリアオペラ界の巨匠ジュゼッペ・ヴェルディね。
ヴェルディ(1813-1901)は、著作権の確立と、もうひとつの本業であった農場経営で莫大な財産を築いた。
当時、(否、今もそうだが)、世の中には成功とは無縁のまま人生を終えて行く音楽家がたくさんいた。
そういった音楽家たちが自分の仕事に誇りを持って人生を終えられるよう、ヴェルディは私財を投じて、ミラノに老人音楽家のための老人ホーム「憩いの家」を建設した。
ヴェルディが亡くなった翌年の1902年から施設の利用が始まり、今も50人余りの老人音楽家たちが余生を送っているという。

この映画は、その「憩いの家」をヒントに作られたフィクション。
舞台は英国。
英国版の「憩いの家」(もちろん実在しない)で繰り広げられる老人音楽家たちの悲喜交々を描いているわけだが、これがまったくなってない。
この手の映画は、登場人物たちの心情的機微をどれだけ繊細に描けるかが勝負どころなのに、まったくできていなかった。
ストーリー展開に心揺さぶられることも、登場人物の誰かに感情移入することも、まったくできなかった。
残念。
IMG_1092鑑賞中、「それでも!」と自分に言い聞かし、「良いとこ探し」に努めていたのだが、結局、作品中で見つけることはできなかった。
作品外のところに目を向ければ、この作品のお陰で「憩いの家」の存在を世に広めることができたところ。
そして、メインの登場人物以外に、本物の老人音楽家たちを起用したことが良かったところかな。
本作品の最後に老人音楽家たちによるガラが演じられるのだが、彼らにとって、この作品自体がガラだったと言えるかと。
この作品の最大の功労は、彼らに再び輝く機会を与えたところだろう。
別にダスティン監督に何の恨みもないが、正直に書かせてもらいました
申し訳ない

実は昨日、「ミシュランガイド広島」を購入するために、わざわざ渋谷東急の丸善&ジュンク堂書店に出かけたのに、売り切れていた。
出かける前にネットで検索し、2冊ほど在庫があることを確認していたのに、到着前にその2冊が売れてしまっていたのだ。(電話で取り置きをお願いしとくべきだった)
そういった残念な気持ちを払拭するために、Bunkamuraで映画でも観るか!と、たまたま上映時間が良いタイミングだったので観ることにしたら、あの出来
さらに実を言うと、この映画、大分前に前売りを買っていたんだけど、紛失してしまっていたのだ。
つまり、この映画、2回分の料金を支払って観たのに、あの出来
今思えば、前売りを紛失してしまったのは、「観なくて良いよ」というメッセージだったのかも...

にしても、ミシュランガイド広島、吉祥寺のどの書店にも置いてないって、どういうこと

waits2 at 15:27コメント(0)トラックバック(0) 

2013年04月20日

IMG_0975「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んで。
著者:村上春樹

まず第一の感想は、村上春樹の文章にしては、少し読み難い。
いつもより、リズムが悪いように感じたんだけど、気のせいか?
内容的には、最初は面白かったんだけど途中から失速

僕はよく間違った読み方をする。
字の読み方ではなく、間違った本の読み方をする。
僕が村上春樹の作品を読む時、登場人物たちに感情移入をすることはまずない。
正確に言えば、感情移入をすることができない。
だって、どうも好きになれない奴ばっかじゃない?
なので、主人公の視点からではなく、著者の頭の中を探りながら読んでいるようなところがある。
「そんなんで面白いの?」
はい
感情移入しなくても、彼が描く世界は、観念的には大いに楽しめる
その証拠にという訳ではないが、彼の作品は全部読んでいる(はず)。
全部読んではいるけど、マニアではない。
マニアではないけど、自分なりの彼の作品の楽しみ方は知ってるよ!という多少の自負はある感じ。
「これは凄い!」
と本気で思ったものもあれば、
「ん?これって途中放棄でしょ!」
と思われる作品もある
それを世間一般では、好意的な表現として「謎」と呼ぶ。
「謎」は、読者が想像を楽しむための余地と言えるかもしれないが、読者の想像力を凌駕するような結末や意味合いが思い付かなかったので放置したと思われるケースも多々ある。
ま、それはそれで構わない作品もあるのだが...
ビートルズ時代のジョージの作品に"While my guitar gently weeps"という曲がある。
この曲の3番のAメロの2回目だけ
I look at you all…
以降の3小節をジョージは歌わないで空白にしている。
そこに歌われるべき歌詞は存在するのか、当初から無しの演出なのか、
そこいらはジョージのみが知るところだが(おそらく後者だろうが)、
あそこを「歌わない」ことは、何とも言えない格好良さがある
他にもそんな曲がたくさんあると「またか」でしかないのだが、
ビートルズの他の曲で、意図的にそうしている曲は、この曲以外にはない(はず)。
描かないという演出は、あんまり多いと「またか」でしかないんよね...

さて、本書は、主人公の多崎つくると4人の友人たちにまつわる物語の体をとっているが、著者が本当に書かねばならなかったのは、主人公と父(著者と父)だと僕は勝手に思っている。(この辺が僕の間違った読み方)
重松清ならど直球で書くのだろうけど、村上春樹にそんなことはできない。
というか、それをしては村上春樹ではなくなるので、この体をとっている。
ただ、残念なことに、覚悟が中途半端だったので、甘くなってしまったかと

幸い、僕個人は、何年か前に巡礼をやり遂げることができた。
もしもあの巡礼をやり遂げていなかったら、僕は一生後悔し続けているに違いない。
なので、本書を僕が30代前半よりも前に読んでいたら、かなりクル作品だったろう。
もしかすると、僕の背中を押してくれる作品になっていたかもしれない。
しかし、今の自分には何もこなかった。
だって、分かるんだもん。
著者本人が、巡礼をやりきっていないことが

村上春樹の作品において、登場人物たちは記号でしかないことは分かっている。
しかし、小説という形式をとっている以上、その登場人物の特徴を伝えるのに、外見的なことはともかく、その他のことは「説明」するのではなく、その登場人物の行動を描写することで、読者にその人物を推察・判断する機会を与えてもらえないだろうか。(今更?)
「こいつ意外に良いとこあるじゃんか」と読者が思えるようなシーンが描かれていれば、他の登場人物が彼を誤解しているような発言があったりすると、読者は「分かってないなぁもう!」と感情移入し易くなる...(やっぱ感情移入したいのか?
もちろん、全体をそうしろとは言わない。
1つで良いのだ。流れの中で登場人物の人柄を察せられるような、説明でない、描写、エピソード。

エピソードといえば、本作で一番興味深かったのは「緑川」のエピソード。
あっちの方を掘り下げた方が面白い展開がありそうな気がした。
でも、書いている途中で、「今回はやめとこう」(もったいない?)と判断したと思われる。
これは謎というより、スピンオフの種っぽい。
そういう意味では楽しみ。

さて、巡礼について、なんと言うか、エベレストに登ったことがない者からエベレスト登頂の感想をうかがっているような感覚があった。
でも、小説家なら、登ったことがなくても、登ったことがある者より説得力を持つ、臨場感のある話をして欲しいところ。
登頂に挑む必要性とか、本物の登山家よりも上手く、また魅力的に語れないといけんでしょう!
巡礼は、周りの人からの大きな支援があって成立する。
動機から何から、周りの方々の「お陰」だ。
作品中では、沙羅が後押しをしてくれた。
主人公は、最後、「沙羅を手に入れなくては」と強く思っていたが、沙羅は、どんなに感謝しても感謝しきれない存在であって、手に入れらるかどうかは問題ではない。(この辺が著者の想像上の巡礼である証拠)
巡礼は、巡礼に旅立つ決心をすること自体がゴールと言っても過言ではない。
「それ」と正面から対峙する「覚悟」こそがゴールなのだ。
そこにどんな謎があろうと、もはや関係ない。
そして、巡礼後に、新たな成長が始まる。
助けられっぱなしじゃいけんでしょう。
が、主人公の意識の変化のなさに愕然。
そこいらをどんな風に描くのかを期待していたのに...(やはり巡礼していない)

たしか「ノルウェーの森」の中に「自分に同情するな」といった台詞があった。
しかし、どうも春樹の作品には、自分に同情しがちな主人公が多過ぎる。
「それじゃいかん」と分かっていながら自分に同情しがちな日本人が多いのかな?
「自分は正当な評価がされていない」という思いの人が多いのかな?
だから売れるんかな?
うーーむ...
こんな不満たらたらの自分に、少々、驚いている。
でも、これはそれだけ期待していたからとご容赦くださいm(_ _)m
僕よりも後に読んだ妻は、僕の落胆振りを先に聞いていたせいか、「言うほど悪くなかったじゃない。ちゃんと読ませたよ」と「並」の評価。
やはり、期待値で評価はかなり変わるね

最後に、もしも、このタイプの作品をまた書くのであれば:
主人公以外は自分に同情ばかりする頭の良い連中で構わないから、本当の大人になることを心から覚悟して取り組む、頭は良くないけど、また、異性にももてないけど、いじらしい主人公を、描いてみて欲しいなぁ、春樹ワールドで。

先述したように、僕はよく間違った読み方をする。

あ、そうそう!オルガさんは良かった

waits2 at 10:50コメント(0)トラックバック(0) 

2012年12月30日

IMG_0362先日読んだ「楽園のカンヴァス」(著者:原田マハ)について
皆さんは、「キュレーター」という職業をご存知だろうか?
職業というより、資格?役職?なのかな?
美術館や博物館で収集資料の研究に携わり、専門知識をもっている職員を「学芸員」と呼ぶが、その学芸員の中でも企画を担当する権限を有する人をキュレーターと言う(のだそうだ(^^)。
では、続いて、「ルソー」はご存知かな?
おっと、これは少々意地悪な質問ですね。
ルソーって、いっぱいいるもんね。
ルソーと言えば、一般的には、哲学者の「ジャン=ジャック・ルソー 」が思い浮かぶんじゃないかと思うんだけど、この本の表紙の絵を見た後なら、画家の「アンリ・ルソー」がピンとくるかと!
本書は、2人のキュレーターと彼らが愛する画家アンリ・ルソーにまつわる物語。

で、どうだったの?
いやー、面白かった!!
作品の最後半で、かなり感嘆するシーンがある。
僕より先に読んでいた妻は「ええええええええええ」と大声を上げていた。
「大袈裟だなぁ」と思っていたが、後日、僕もそこを読んだ時、時間が真夜中だったので大声こそ上げなかったものの、かなり長く「ほーーーーー」と感嘆した。
よくぞここまで読者に気付かせることなく書いてくれたものだ!
その驚きの事実を知ると、別の感動がジワジワと押し寄せてくる。
嬉しい。

ジャンル的には、ミステリーになるのかなぁ。
そうとは知らずに読んでいたので、文学作品にしてはえらく説明っぽい文章だなぁと思っていたのだが、ミステリーと考えると、作品中たくさん出て来るフックも最終的に宙ぶらりんになったものはなかったので、読後もスッキリ!できるかと

IMG_0363以前から僕の好きな画家だったアンリ・ルソーについて、改めて調べてみた。
アンリ・ルソー(Henri Julien Felix Rousseau/1844-1910)が画家になる前の職業は、パリの入市税徴収員だった。
驚くべきは、ルソーが画家業に専念するため職を辞したのは、なんと49歳の時だった!
美術学校で学んだ経験などない、素人日曜画家だっただけに、周囲はさぞや驚いたことだろう。
彼は自らの才能を強く信じていたが、生前、彼の作品を評価してくれる人は、ごく少数の理解者しかいなかった。それどころか、「子どもの落書きのよう」と酷評されたりもしていた。
ただ、その少数の理解者の筆頭が、ピカソ(Pablo Picasso、1881-1973)だったのが、僕としては嬉しいところ
1908年、ピカソらが中心となり「洗濯船」(ピカソのアトリエがあったことで有名なモンマルトルにあった安アパート(Le Bateau-Lavoir))で「アンリ・ルソーの夕べ」という会が開かれた。本書の中でもこの会の様子が描かれていたが、なんとなく、からかい半分の会だったようだ。

IMG_0364残念ながら僕は出席していないので、実際、どんな雰囲気だったのか分からないがおそらく、ピカソだけは本気で、他のピカソに声をかけられて集まった人々は「付き合い」だったのだろう。
今年9月のフランス旅行で、僕はモンマルトルを訪れ、「洗濯船」があった辺りを探し歩いただけに、とても親しく感じている。
"親しい"といえば、僕がルソーの作品を初めて生で鑑賞したのは、1985年、僕がNYに滞在していた時のニューヨーク近代美術館(MoMA)でだった。
彼の「夢」や「眠るジプシー女」といった作品を観た時の衝撃は、大袈裟でなく本当に昨日の事のように覚えている!
そして、本書「楽園のカンヴァス」を読んで知ったのが、その1985年にMoMAで開催された「アンリ・ルソー回顧展」をきっかけに、ルソーの社会的認知度や作品の価値が大いに高まったのだそうだ。
ある意味、この企画展が開催されるに至るまでの舞台裏のような物語だけに、僕は個人的にこの作品にかなり深い因縁を感じた。
IMG_0382IMG_0383

著者の原田マハさんについて、僕はほとんど何も知らないのだが、美術史科を卒業し、国内の美術館やMoMAで勤務した経験を経てフリーのキュレーターになったという経歴を考えると、すべてがこの作品を書くための準備だったのでは!?と思わせるほどドンピシャ!の内容かと。
アンリ・ルソーへの強い愛情が感じられて、とても嬉しかった。
あ、ルソーを知らない方でも、存分に楽しめますよ

waits2 at 02:03コメント(0)トラックバック(0) 

2012年09月04日

本当に悔しいけれど

2012-09-04 09:55:46 写真1

これ以上は覚えられそうにない...


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2012年07月08日

IMG_2750既にこの4月に発売されていた「僕はビートルズ」の9巻と10巻をようやく買った。
これで全巻終了。
うん、面白かった。
この作品の読者、少なくともコミックを買うような読者は、ほとんどがビートルズファンだろうから、相当厳しい目で読まれる。それを百も承知で挑んだわけだから、まずはその勇気を讃えたい
タイムスリップものは、どうしても歴史の整合性をどう上手く保つのかが気になってしまうが、そこばかりを気にしていると作品の真価が楽しめない。
そもそも、なぜこんな設定を思い付いたのか?この設定でもって、何を伝えたいのか?
そういったところを読み解く気持ちで僕は読んだ。
そうして、あらためてビートルズの魅力を教えてもらったような気がした。

結局のところ、ビートルズって何が凄いんだろう?
うーん、まず楽曲が素晴らしいかな。
なるほど、では、その楽曲をビートルズ以外の者が完璧にコピーして演奏したとしたら、やはり素晴らしいと感じるのだろうか?
ビートルズがこの世に登場する前に、ビートルズの楽曲を完璧にコピーしたバンドが登場しデビューしたとしたら、彼らは成功するのだろうか?
その場合、本物のビートルズは現れないのか?
こういった「もしも」を描くことに挑戦するって、やはり大変な勇気が要る。
だって、つまんなかったら目も当てられない
元々、ビートルズが好きでない者なら平気でできるのかもしれないが、そんなことはまずないだろうし。
IMG_2754でもって、今月のPENがビートルズの特集だった。
自分はビートルズが好きで、ジョンが住んでいたニューヨークのダコタハウスに行ったこともあれば、ロンドンやリバプールの縁の地を訪れたこともある。しかし、マニアと言われるほど細かな知識に詳しいわけではない。
ただ、これまでかなりの数の彼らの写真を目にしてきたとは思う。にもかかわらず、こういった雑誌の特集記事の中にこれまで見た事が無い写真があったりすると、「ん?これは知らんぞ!?」と気になったりする
で、あることに気付いた。
いや、正確には、以前から気になっていたことなんだけど、これを機会に少し本気で考察してみた
自分が子どもだった頃、写真の中の彼らは「大人」だった。そして、今、彼らの写真を見ると、相変わらず「大人」に見えることもあれば、こっちが恥ずかしくなるくらい「若く」見えることがあるのだ。
....なぜだ?
普通に考えれば、自分が年を取ったのだから、彼らが若く見えるようになるのは理解できる。しかし、それならばすべての写真にそう感じるだろうに、そうではない。
うーむ。
いくつもの写真を見ながら、何かしらの法則性があるのではないかと考えてみた。
そして、思い当たったのが:
********
子どもの頃に見た覚えがある写真、あるいは見た事のあるシチュエーションで撮影された写真の中の彼らは、当時と変わらない「大人」に見える。
一方、初めて目にする写真、あるいは見たことのないシチュエーションで撮影された写真の中の彼らは、「若く」見える、のでは!?
********
さらに考えてみた。
これって、ビートルズに限ったことではないのでは?
自分が子どもの頃から知っている人物(家族や友人)の写真でも同じような現象が起こるのではないだろうか。
例えば、自分が子どもの頃に目にしたことがある、自分の親の若い頃の写真。それを大人になって見た場合、もちろん多少は「若い」と感じることはあるだろうけど、それほど違和感は感じないのではないだろうか。しかし、子どもの頃に見たことがない親の若い頃の写真を見ると、なんとなく自分の親ではない、別人のような印象を受けるのでは?!
なるほど、そうか!
知らない写真の中のビートルズは、「若く」見えていたのではなく、「見知らぬ若者」と感じていたのかもしれない。
もしかするとこれは、親しい人の未知なる部分を拒否しようとする、ある種の防御本能的反応なのかもしれない。
そのような反応が出るくらい、子どもの頃から親しい存在、ということなのかな

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2012年01月09日

IMG_1765←今日は日本橋の丸善で買ってきた
アイルランド関連の書籍は少ないけど、フランス、パリ、プロバンスとなるといくらでもある
実際に頼りになるのはガイドブック
テンションを上げてくれるのは雑誌
今更だけどピーター・メイル著の「南仏プロバンスの12か月」も買った。
妻はとっくの昔に読んだらしいけど、僕はまだ読んでない

こんなに本を買ったのに、実はまだ、フランスに決まったわけではない
僕も妻も元来イタリア好きななので、どうもまだ踏ん切りがつかないのだ。
どちらかというと、自分等を納得、説得するために、強引にフランスの情報を詰め込んでいる感じ

waits2 at 21:19コメント(2)トラックバック(0) 

2011年12月15日

IMG_1412皆さんは「僕はビートルズ」というマンガをご存知でしょうか?
僕が知ったのは新聞記事だったかな?
六本木の「リボルバー」というクラブで活躍していた「ファブ4」というビートルズのコピーバンドが、ビートルズがデビューする直前の1961年の東京にタイムスリップ
彼らはビートルズの曲はすべて完璧に演奏できる。
「抱きしめたい」も「イエスタデイ」も誰も知らない世界で、果たして

7巻発売されている内、まず3巻まで買ってみた。
1巻目の感想:へー
2巻目の感想:ふむふむ
3巻目の感想:ほうほう

IMG_1490予想より面白かったので、残りの4〜7巻も買った。
うん、なかなか面白かった
けど、これからが腕の見せ所だな。
腕の見せ所って、誰の腕?
作画は"かわぐちかいじ"というベテランの漫画家だが、原作は"藤井哲生"というまったくの新人。
きっかけは、モーニング主催のコンテストMANGA OPEN。
本作の原作が大賞を受賞し、審査員の一人だったかわぐち氏が作画担当を申し出たことからこの共作が始まった。
タイムスリップ先が井の頭公園だったことも親近感を抱いた原因かも(^^
昔の吉祥寺の街並も、伊勢丹デパートで開催されていた写真展で知っているので、なんだか懐かしい感じすらした。
7巻の最後、「お前は誰やねん!」とちょっと唖然とする状態で終わっている。(笑った)
早く続きを読みたい

waits2 at 20:11コメント(0)トラックバック(0) 

2010年09月26日

さて、アラン島の続きです。
このペースで書いていると、とてつもない量になってしまいそうですが、ご安心ください。モハーの断崖からアラン島にかけてがこの旅のクライマックスなので、これ以降はサササッといけると思います。

9月12日(前半)
午前5時起床。
3時間寝たかどうか?
さて、今朝の任務は?
朝日を撮るです!

前の晩、パブで「この時期、日の出って何時くらいなの?」と質問したところ、
ケルト人は「8時」。
他の皆さんは「6時だろう」
「いやいや7時だろう」とバラバラ。
最後にオステンフェルドさんの奥さんから
「ここに日の出時間を知ってるような人はいないということね」
と大正解のお答えをいただきましたw

最初の写真は6時ちょっと過ぎくらいだったのかなぁ?↓
P9120897P9120925P9120995
夕陽の場合、沈む前も沈んだ後も、ずっと楽しむ(味わう)ことができるけど、朝日の場合、正直どこから昇ってくるのかもわからないし、いつ昇ってくるのかもわからないので、かなり忍耐が必要ですw
結局2時間近く待ったような...
7時45分くらいだったのかな?
そう考えると、ケルト人の「8時」説が一番近かったということか!?
それにしても、真っ暗中、寒いのに、よく待ったなぁ。
P9121020おおおお
出たか!?

P9121038でたっ!(←おかだ風)
ちょうど太陽の高さの分だけ雲がすき間を空けてくれました。
なんという幸運!
なんという心遣い!

『今日は曇りでいくんじゃなかったん?』
『それが、日本から来た変な男が朝日を撮りたいんじゃそうな』
『ウレシじゃのぉ』
『ほんま、大ウレシよね。しょうがない、ちょっとだけあけちょいちゃるかぁ』
という広島弁の妖精たちのやりとりが聞こえたような気がしましたw

P9120922←日本から来たウレシ。
この写真(自分)を見て、以前どこかで見たことのある小泉八雲の写真を思い出した。
ググッてみると、ありました
かなり危ないw

宿に戻り、簡単な荷造りをして食堂へ。
...誰もいない。
他のゲストがいないのはいいんだけど、女将のテレサがいないw
僕らが10時15分の飛行機に乗ることは知っているはずなのに、もう8時過ぎてるのにいないw
どうしよう....
そうだ!と食堂に置かれていた宿のカードに書かれた番号に電話をかけると!?
"プルルルル"(←アイルランドでかける初めての電話)
『ん?もしかして、国番号とかかけなきゃいけないのか?』
と思っていたら、奥のキッチンの方から
"リリリリリリーーーン"
耳に押し当てた携帯の呼び出し音とキッチンからの呼び出し音が交互に響くw
もちろん誰もでないw

仕方がないので部屋に戻り、朝食を食べたらすぐに出られるよう完全な荷造りをすることに!
密かに僕らが来ていた気配を残しておこうと「アラン島」(ジョン・ミリントン・シング著)の本をテーブルに置いておいた。
荷造りを済ませ食堂に戻ると、シャワーで髪が濡れたままの女将が緊張した面もちで朝食の準備を進めていた。
心の中では「しまった!」と思っているはずなのだが、絶対に"I'm sorry"とは言わないw
いいぞ!これぞアイリッシュ魂?!w
IMG_1447どれにするか尋ねられたので、
「一番早くできるのでいいですよ」
と言うと、
「どれも一緒です」
というので、
「Traditional Irish Fried Breakfast」
をお願いした。

テレサはつとめて平静を装っていたが、気持ち的にはこれ以上ない臨戦態勢w
きっと頭の中では「パイレーツオブカリビアン」のテーマ曲が鳴り響いていたに違いない。
♪タン・タン・タタッ、タン・タン・タタッ、タン・タン・タタッタ♪みたいなw
IMG_1449本当に焦っていたのだろう正直に「簡易版です」と言いながら出してくれたw
つまりは、どのメニューを頼もうと簡易版を作る気だったのだろうw
そうこうしている間に他のゲストも食堂にやってきた。
が、彼らにはあまり構わず、テレサは僕らの朝食を最優先してくれた。
アイリッシュ魂いっぱいの不屈の誠意が感じられたのでこっちは大満足。
それに、飛行機だって宿から電話で「今から行くから」と言えば、いくらでも待ってくれそうな雰囲気だし、何があっても大丈夫だろう。
これで飛行機の次に乗り継ぐ電車の時間とかが決まっていたら多少は焦ったのかもしれないけど、レンタカーだし(コネマラ空港に無料で置かせてもらっている)まったく問題なし!
旅行にハプニングは付き物。
僕としてはロストバッゲージだけが唯一起こって欲しくないトラブルだった。
それ以外は終始「何でも来い!」の気持ちでいた。
ま、この心構えが海外旅行を楽しむポイントだと思う。

IMG_1453そうこうしている内にオステンフェルド夫妻が現れた。
僕が持っていた「アラン島」(ジョンミリントンシング著)を見てオステンフェルドさんは、「私もこれを読んだが、日本語の本を見るのは初めてだ」と感激しながら「撮ってもいいかね?」とレンズを向けた。
僕は表紙に書かれている
「アラン島ほか
 ジョン・M・シング」
という文字について説明した。
というのもデンマーク人が読める字は「M」のみなのでw
というか、Mが混じって構わないというのが不思議でしょうがないみたいだった。

aran日本語には「アラン」カタカナ、「島」漢字、「ほか」平仮名と3種類の文字があって、これに「M」のようなアルファベットも混ぜて使うことができることを説明すると、とても驚いていた。
また、ページを右から左にめくっていくことが面白かったみたい。
イニシュマーンに来て僕はオステンフェルドさんに教わってばかりだったので、多少でも僕から彼に説明できるようなことがあってちょっとうれしかった。

IMG_1467空港に着くと、
「いた!」
マーティンがいたのだ!
なるほど、だからか・・・昨日、イニシュマーンに到着した時、マーティンに気づかなかった理由がわかった!
テレビで見たマーティンは、空港で働き始めたばかりで自信がなかったのか覇気がなく、くらーい感じだったのだが、今のマーティンはまったくの別人で、動きもキビキビしていて、まるで「挑戦し続ける男スーパードライ!」って感じだったのだ。
こんなに違えばそりゃ気づかんわなぁ。
忙しく働いているマーティンに僕は思い切って声をかけた。

Are you Martin?
Yes!

IMG_1468これこれしかじかで、僕はあなたのことを知っているんですよとiPhoneの中にいる彼の写真を見せると、マーティンは大変喜び!同僚を呼んで来て「こいつにも見せてやってくれ」とお願いするほどだった。
写真を見た同僚は
「マーティンは日本じゃ有名なのか?」
と訊くので、僕は
「もちろん!」
と答えておいた

IMG_1479いよいよイニシュマーンを離れることに。
僕はオステンフェルドさんの「君は必ず後悔する。たった1日だなんて」という言葉を思い出していた。
その通りだった。
わずか1日、時間にすると20時間も滞在しなかったのに、飛行機が離陸し、どんどん地面が下方に小さくなっていくのを見ていると、突然、とてつもない感傷が僕を襲ってきた。
この瞬間、「絶対にまた来る!」と僕は心に決めた。
昨日、オステンフェルドさんが言った「必ず、必ず、再び訪れたいと思うだろう」という予言もまた、その通りだった。



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2010年09月24日

さて、いよいよアラン島に上陸!
アイルランド旅行の続きを書きたいと思います。

9月11日(後半)
P9110637副操縦席のお婆さんが余計なことをしなかったお陰で、飛行機は無事イニシュマーン島に到着しました(写真は現地の空港)
実を言うと、アラン島は、一番大きなイニシュモア島、真ん中のイニシュマーン島、東に浮かぶイニシィーア島の3つの島から構成されており、故に「アラン諸島」というのが正確な呼び名の様です。


P9110641こちらがこの日お世話になるアン・ドゥン(An dun)というお宿。
B&B(ベッド&ブレークファースト)ですが、予約しておけば夕飯もサーブしてくれます。
ま、そうじゃないと、レストランがないので、困るよね。
お好み焼き屋でもあれば別ですがw

まずは食堂に案内され、ウェルカムティーをいただきました。
窓からの素晴らしい眺望↓を楽しみながら女将のテレサさんやオステンフェルド夫妻としばし歓談。
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でもって、さっそく女将のテレサさんにお土産をプレゼント
空港では1曲入りのCD1枚きりでしたが、テレサさんにはCD2枚(1枚は空港に渡したのと同じAran Islandsだけを収めたもの、もう1枚は10月発売に向け鋭意製作中の完成前の4曲を収めた超貴重版)と、日本らしい模様の風呂敷を贈りました。
お客さんから、ましてや一見さんからお土産をもらうなんて滅多にないことだけに、大変喜んでいただきました。でもって、CDはこれまたさっそく再生♪
"So sweet"と目を丸くして褒めて?いただきました(^^ゞ
考えてみれば、3拍子の曲はアイルランドにはたくさんあるけど、こんなスローなのは珍しいかも?
当然、歌詞を知りたいという流れになったので、「プリンタを貸してもらえないか?」とお願いしたところ、インクが切れていました。インクなんか売ってるわけがないw
では、「明日までに歌詞を手書きしておきますね」ということで、さっそく島の中を散策に出かけることに。
この時、オステンフェルドさんに「決して石垣を登るなよ!」という忠告をいただきました。
出られなくなって、大変なことになることがあるようですw

P9110652さて、こちらの建物は、アン・ドゥンのすぐ隣にあるジョン・ミリントン・シングという劇作家が滞在していたコテージ。
1898年から1902年までの足掛け4年間、シングは毎年夏から秋にかけてイニシュマーン島を訪れこのコテージに滞在していた(ただし現在のコテージは当時のものそのものではないみたい)。

シングの代表作に「海に騎りゆく人々」という戯曲があり、この作品がアランセーターの伝説を世に広めたと言われている。
シングは、3つのアラン島すべてを訪れているが、このイニシュマーンを最も愛した。
理由は他の2島に比べ、イニシュマーンが最も俗化されていなかったからのようだ。
これは今も同じで、一番大きなイニシュモアには100m級の断崖絶壁やドゥン・エンガスといった要塞跡のような観光スポットがあるので、一般的なアラン島の観光客はまずこちらを訪れる。
また、東に浮かぶ最も小さいイニシィーアは、モハーの断崖近くのドゥーリンという町から近いこともあり、またロバに乗って観光するアトラクション的なものも用意されていたり、これまた意外に観光地化されているそうだ。
それらに比べイニシュマーンは何もなく、唯一の観光資源はシングのコテージくらいだろう。
イニシュマーンが俗化しないのは、最も不便な位置にあるからかと思っていたら、もう一つ理由があった。
それは、他の2つの島は港の周辺に人々が住む集落が集まっているのに対し、イニシュマーンは、島の中央に民家が集まっていて、島外の人々との交流の機会が絶対的に少ないかららしい。
この情報は、実際に地図を見せてもらいながら、宿の女将さんからではなくオステンフェルドさんから教わった。
P9110679そうそう、シングのコテージ以外にもう一つ、「シングの椅子」という観光スポット?があるので、そこへ向かって歩きながら島の景色を楽しみに出かけた。
ここからはしばし写真をお楽しみください。

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♪よーく晴れた緑のアラン島へゆこう♪
歌の通りの天気に恵まれました。
やっぱ運がええわ。
天気がいいと、もうそれだけでどうでも良くなるねぇ〜!

ネットやテレビとかで結構画像や映像を見ていたので頭の中でイメージはできていたんだけど、実際の景色はやはり想像を遥かに凌ぐ素晴らしいものでした
ゆっくり、ゆっくり、かみ締めるように風の音や波の音、そして夢のような景色を楽しみました。

IMG_1371途中から道なき道、というか岩の上を歩いてゆくと...あれかな?

IMG_1372どうやらここのようです。
「椅子」というので座る椅子を想像していたのですが、そうではなく風避けの一人シェルターみたいなものでした。

P9110754シングはここからの景色を愛していたと言われています。
向こうに見える陸地は、お隣の島イニシュモア。
正直、想像したほどでもないなぁと思ったのですが、ここは島の西端、きっと夕焼けがとてもきれなのでしょう。
その美しさを確かめたいところですが、日没時間は午後8時くらい。
夕飯が7時くらいからということなのでちと難しい。
しばし黄昏気分に浸って引き返すことに。

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教会の横を通り過ぎているのが副操縦士のお婆さんです。(嘘ですm(_ _)m)
このご老人が着ているのがアラン島の伝統的な民族衣装で、僕も写真では見たことがあったのですが白黒だったので、こんなにカラフルなショールだとは知りませんでした!
日曜日以外に見かけるのは非常に稀ということで、これまたラッキーでした。

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さて、夕飯です。
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そうそう、3コースディナーの意味が分かりました!
アイルランドにおける「3コースディナー」とは、スターター(前菜)、メイン(主菜)、デザートの3つのカテゴリーから一つずつ選んで注文するディナーでした。
アン・ドゥンでは、その3つプラス、サイドディッシュとして、ポテトと人参のサラダがつきました。
さすがにこのサイドディッシュは食べ切れませんでした(^^ゞ

IMG_1393さて、夕飯が終わったからといってまだまだこの日は終わりません。
オステンフェルドさんと「11時過ぎに集合しよう」と約束した島で唯一のパブに行きました。
朝4時に起きたというのに...なんて長くて、なんて盛沢山な1日!

すでにオステンフェルドさん夫婦は先に来ていて友人らしき人々と盛り上がっていました。
大きなテーブルに僕らも同席させてもらい、僕の正面には「まったくの島の住民」が一人で座ってギネスを飲んでいました。
「まったくの島の住人」という表現を使った理由は、彼は英語が苦手で、ゲール語しかしゃべれないケルト人だったからです!(この情報はオステンフェルドさんの奥さんからケルト人がちょっと席を外している間に後で聞いて知りました)
もっとも、苦手といっても日本人よりは断然しゃべれるのですがw
僕が日本人であることなど多少の自己紹介をした後、彼は
"How many bicycles in Beijing?"
と訊いてきました。
なんの脈絡もないのですが、彼なりに興味を示してくれたのかと思うと嬉しくて僕はI don't knowと答えながら笑いました。
「Beijing=北京は日本じゃなくて中国じゃろうが〜!」
という突っ込みもやめときましたw
彼にとって日本も中国も大した違いはない。
ただ、テレビか何かで見た自転車の多さに驚いたことがあったので
「北京にゃ自転車がよーーーけ走りよるよねぇ」とぶつ切りの感想をぶつけただけなのだ。
なんだかおかしい。
僕も彼もなんだかおかしくてニヤニヤ笑っていた。
なんとなくケルト人というのが僕にとっては生きた文化財のように思えて、『今ケルト人と話している』と思うだけでワクワクした。
martin一般的な話題も尽きたところで、僕はiPhoneを取り出しこの写真←を彼に見せ、「この男を知っているか?」と尋ねた。
すると、ケルト人は目を凝らしてiPhoneの画面を覗き込み、一言"Martin!"と答えた。
今から2、3年前にNHKのハイビジョン特集でセーターの編み方を母親や祖母から受け継ぐ女の子を主人公にした「荒海にセーターを編む」というドキュメント番組が放送されたのだが、その舞台こそがイニシュマーンだったのだ。
その女の子の母親は日中、島で唯一のパブで働いており(まさに僕がその時にいたパブ!)、漁師の父親は最近空港で働き始めたということだった。
僕はアイルランド旅行に出かける直前にその番組を見直し、父親の写真を撮影しておいたのだ。
人口200人足らずの島だけに、現地人なら全員顔見知りのはずだ!
僕の予想は当たった。
ケルト人は、「これはどういうことだ?」と興味を示したので、僕はその番組について説明した。
この写真は、聖パトリックデイ(3月17日)に、この島だけで伝統的に行われている「キャド」というスポーツ大会の様子で、Martinが構えているところ。
もちろん、現地人の彼にはこれが何の大会かもわかっているし、おそらく彼もこの時参加していたはずだ。
さっきまで付き合いでしゃべっていた彼もグッと興味がわいたみたいで、身を乗り出してきた。
ケルト人はニヤリと笑い
「お前はスパイか?」
と言ったw
僕は馬鹿ウケw
やがてケルト人は、「たしか彼は空港で働いている」と言った。
おおおおおお!
空港での仕事、彼はちゃんと続けていたのかぁ〜。
その番組の中でMartinは、「今日も不漁だ」と暗い表情ばかりで覇気がなく、空港の仕事もすぐに辞めてしまいそうな感じだったので、心配していたのだが、そうかぁ、続けていたかぁ。
まったくの赤の他人なのに、テレビで見ていただけに親近感がわいていたのだw
僕も妻も、「マーティン、空港の仕事を続けていたかぁ」と妙な安心感を抱いたのだったw

さて、ここで今日の一番最初の写真を見直していただきたい!w
現地の空港に到着した時に、何も考えずに妻が撮影した写真を!
わからない?
では、拡大してみよう!↓
0P9110637マーチンじゃん!!!w
目をつむっているけど、間違いなくマーチンだ!
この写真に気付いたのは帰国してからw
もしやと思ってチェックしていたら写っていたのだ。
いやー、ビックリ

iPhoneネタで妙な盛り上がりを見せたところで、僕らは帰宅することにした。
というのも、翌朝、僕は日の出の写真を撮るという任務があるのだ。
今回の旅で虹の写真と共に、ボイストレーナーの高橋君に「日の出の写真も欲しい」と言われていたのだ。

まさに降るような星空の下、真っ暗な道をアン・ドゥンに向かって歩いて帰りました。
おそらく僕の人生の中で屈指の幸せな一日がようやく終わりを迎えるのでした。


waits2 at 00:38コメント(8) 

2010年04月17日

1Q84とりあえず、買いました。
噂では、Book4も出るとか?
Book1が「4月ー6月」、Book2が「7月ー9月」、そして、今回のBook3が「10月ー12月」ということは、当然、次は「1月ー3月」だよね?
ん?となると、次は「1Q85」??

waits2 at 01:01コメント(0) 

2010年03月07日

武士道遅蒔きながら「武士道シックスティーン」を読んだ。
著者は誉田哲也。
この作品以前はホラー小説や警察小説を書いていたらしいが、本作はタイトルから容易に推察できるようにど直球の青春小説。
主人公は剣道部の女子高生二人。
一人は宮本武蔵を崇拝する、とにかく勝つことしか頭にない兵法馬鹿:磯山香織。
もう一人は家庭の経済的な理由で日舞が続けられなくなり、仕方なく剣道を始めた超のんびり天然系:甲本(西荻)早苗。
全中2位という実力を持つ磯山香織がまったくの無名選手である甲本早苗に負けたところから物語が始まる。
ちょっと構成が変わっていて、最初の章は香織の視点から、次の章は早苗と、交互に入れ替えながら描かれている。
いやー、まぁ、なんちゅうか、当たり前だけど、爽やかよねぇ。
文章も読みやすく、面白いから、あっという間に読んだ。
早く続きが読みたいのぉ!
続き?
そう、既にセブンティーンもエイティーンも出版されているのだ。
今回僕がこれを読んだのは文庫化されたから(^^ゞ
この文庫化の理由は、このGWに映画が公開されるからだろう。
主役の二人は成海璃子と北乃きいであることはわかっているのだが、どっちがどっちを演じるのかは不明。
普通に考えれば、熱血の磯山香織は北乃、おっとりの早苗は成海だと思われるのだが...
いずれにしろ、楽しみだ。

waits2 at 16:23コメント(0) 

2010年01月30日

サリンジャーJ.D.サリンジャー(Jerome David Salinger)が死んだ。
生きている間から伝説の様な存在だったが、亡くなっていよいよ伝説となった。
サリンジャーといえば「ライ麦畑でつかまえて」
全世界の発行部数は6000万部を超えるという。
1951年に米国で出版され、日本では1964年に野崎孝氏が翻訳した。
本The Catcher in the Ryeをよくぞ「ライ麦畑でつかまえて」と訳したものだ。
これを超える邦題はあるまい。
2003年に村上春樹が「キャッチャー・イン・ザ・ライ」というタイトルで再翻訳したが、やっぱり僕は野崎氏の訳の方がいい。
当時の時代の空気が感じられるからだろうか。
しかしながら、実は僕は「ライ麦畑」より短編集の「ナインストーリーズ」や「フラニーとゾーイ」とかの方が好きだった。
大きな声では言えないが(^^ゞ僕は英文学科で、大学1年の時、「ナインストーリーズ」の1作品である「エズミに捧ぐ――愛と汚辱のうちに ( For Esmé with Love and Squalor )を授業で習った(^^ゞ
今このブログを書きながらちょこちょことネットで調べてみたところ、なんと「ライ麦畑でつかまえて」が出版される12年前(1952年)に「危険な年齢」というタイトルで邦訳が出版されていた
訳者は橋本福夫。
著者名は「サリンジャー」ではなく「サリンガー」だった
ま、たしかに、米国で51年出版なのに64年翻訳なんて妙に遅いなぁと思ってたら、なるほど野崎さんは第2弾だったのかぁ。
サリンジャー氏の死因は老衰。
91歳だから大往生だろう。
私生活に触れられることを極端に嫌い、後年は高い塀に囲まれた家でひっそりと暮らしていた。
奇人的なエピソードをいくつも残しているが...
それにしても、一つの時代が終わった気がする。


waits2 at 01:19コメント(0) 

2009年11月30日

坂の上の雲NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」が始まった。
原作は司馬遼太郎。
実はまだ読んでいなかったので、これを機に読む事にした。
全8巻でまだ1巻しか買ってない(^^ゞ
主人公は3人。
日露戦争でコサック騎兵を破った秋山好古(兄)。
日本海海戦の参謀秋山真之(弟)。
そして、真之の幼なじみである俳人正岡子規。
3人の故郷は伊予松山。
ドラマは全13回で、この年末までに毎週日曜に5回、残りを2010年と2011年の秋に放送する。
昨日のドラマでは、映画「がんばっていきまっしょい」と同じロケ地と思われる砂浜が使われていた(多分)。
こりゃいよいよ(伊予伊代(^^ゞ)松山を訪れんといかんがなぁ。

waits2 at 00:16コメント(2) 
LIVE Schedule

★吉祥寺Manda-la2★
年末Special Recording LIVE!
2017年12月19日(火)


マンスリーライブ
2018年1月12日(金)

2018年2月20日(火)
Tatsuya 1st シングル
"Fifteen"
15th, Mar, 2015 released
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Tatsuya's 4thアルバム
"Utautai"
13th, Jun, 2014 released
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"Utautai"収録曲
「こゝろ」PV


Tatsuya's 3rdアルバム
"Slainte"
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